©ISHIKAWA Michio 恐山の山と湖
By 石川理夫 ISHIKAWA Michio
日本の本州最北端、下北半島に恐山がある。カルデラ湖の宇曽利山湖には標高828mで見事なピラミッド型の大尽山の山容が映る。恐山とは宇曽利山湖と湖を囲む大尽山などの火山群を含む総称である。北海道などの先住民族アイヌの言葉で湖や窪地、入江を意味する「ウソル」に由来するという。
湖底や周囲から酸性の硫黄泉が湧出しているため、湖は神秘的な青さをたたえている。湖畔一帯は溶岩地帯で至るところ噴気孔があり、析出した硫黄で地肌は黄色く、硫化水素のにおいが強く漂う。そこに死者を供養する地蔵仏や卒塔婆が並び、色とりどりの風車がくるくる回っている。この世とは思えない風景だ。
©ISHIKAWA Michio
画像は象徴的な宇曾利山湖(一部見える白い砂浜が極楽浜)で手前が賽の河原に向かう一帯、バックが大尽山を中心の外輪山
恐山は9世紀の平安時代に円仁という高名な仏教僧が開山したと伝わる、日本最北の山岳霊場である。立山と同じく死者の魂が集まる山として、古くから人々の信仰対象となってきた。恐山には死者の魂が行くあの世と生きているこの世の境界を流れるという三途の川、幼くして亡くなった子供たちが石を積んでは鬼にこわされ、際限なく積み直すという賽の河原、そして地獄谷がある。ここには仏教からみた死後の世界観が反映されている。
一方、湖畔の白砂の浜は仏教で天国を意味する「極楽」浜と呼ばれている。恐山には地獄と極楽がそろっているのが立山地獄とは違う。湖畔一帯は仏教寺院の境内地になっている。毎年7月の大祭には有名な巫女のイタコも参集する。
生者と死者の魂の交信を媒介するイタコの「口寄せ」を通じて、依頼者は亡くなった愛しい人が今何を思い、どうしているかを聞き、安堵の涙を流す。
恐山 三途の川
恐山の宿坊には温泉浴場が用意されている。広い境内地にはそれ以外にも一般の人が自由に入浴できる質素な木造の湯小屋が4か所点在している。湯小屋は基本的に男女別に分けられているが、境内地のいちばん奥にある「花染の湯」だけは混浴で、温泉療養目的の人も利用する。250年前に菅江真澄の紀行日記に「花染の湯といってうすいくちなし色に湧きいで…」と紹介された由緒ある温泉浴場だ。
3つに分けた浴槽は新鮮な自然湧出泉で満ちあふれている。湯の色は青白色を中心に微妙に変化し、見惚れるほど美しい。温泉もワイン同様に生育した土地の特徴が魅力に反映するテロワールな存在と言ってよい。
©ISHIKAWA Michio 恐山 花染の湯
恐山では、生きている者も死者と時に心を通い合わせることもできる。ここには生者と死者の境はない。恐山の湯小屋の外には立山地獄のように、確かに地獄的な景観が広がっている。しかしいったん湯小屋に入ると、すばらしい温泉に肌を包まれて心身が癒され、生きている喜びを実感できる。恐山はまさに地獄の中の極楽。温泉も湧く聖地、日本の貴重な「温泉霊場」のひとつである。
▽参考の温泉DATA
泉質:酸性・含硫黄−ナトリウム−塩化物・硫酸塩泉。
泉温:約74℃