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温泉礼賛 コラム

 


温泉礼賛 コラム

日本人の死生観:山と温泉(2)—立山地獄

MAY 1,2020

 

                                               By 石川理夫 ISHIKAWA Michio

 

 

 古くから自然信仰、温泉信仰を育んできた日本人の、とりわけ山に対する思い、山(岳)信仰にはまた格別なものがある。何より山岳信仰は温泉の発見と開発にも大きく貢献した。そして6世紀頃に仏教が日本に伝来すると、山岳信仰も仏教の影響を大きく受けるようになった。

 

 山といっても人が住む所に近い里山は、燃料の薪(たきぎ)や食料を得るなど暮らしに溶け込み、入口に鎮守の森に囲まれた小さな神社を置いて信仰の場とした。一方、貴重な水源地となる山、火山、秀麗な姿の山や際立つ岩山になると、畏怖・畏敬の対象となり、信仰登拝者や山林修行者が訪れた。

富士山が世界遺産に登録されたのは、山の美しさに加えて全国に富士神社がある富士山信仰の歴史・文化が評価されたからである。こうした山には「山の神」、火山には「火の神」も居て、入山する人はさまざまな禁忌を守らなければいけなかった。

 

 

 

立山頂上雄山神社

 

 興味深いのは、日本人の死生観にかかわるものとして、山は人が死ぬとその霊魂が上っていく場とも古くから考えられてきたことである。

奥深い山はいわば「他界」とみなされた。死者が行く場、死者の霊魂が集まる山としては、中部地方の標高約3000mの立山、東北地方の恐山や月山などが知られる。しかも立山も恐山も月山も温泉が湧き、関係が深い。

 

 今から900年ほど前、平安時代の末に成立した説話集(『今昔物語集』)に越中国(富山県)立山の話がある。立山には「谷に百千のいで湯」があって、深い穴や岩間から熱気に満ちた温泉がほとばしり、人は近づけない。それが立山の「地獄」である。立山の地獄とは温泉が湧き出る場だった。そして「昔より人は罪をつくると、多くがこの立山の地獄に堕ちる」という。

 

 

 

©ISHIKAWA Michio   立山 地獄谷

 

 高温の火山性温泉が多い日本では、温泉湧出現象はときに荒々し過ぎる。煮えたぎる熱泉や有毒な火山性ガスまじりの噴気が至る所から噴き出る光景は、まさに炎熱の地獄のイメージにぴったりだったろう。

 

 先の『今昔物語集』は、亡くなった家族が立山地獄に堕ちて苦しんでいるのではないかと考え、仏教僧を伴って立山を詣でた人の話も紹介している。立山地獄を前にして僧が心をこめて供養してあげると、死者は苦しみから救われたという。

 立山地獄はいま地獄谷と呼ばれ、標高2300mと日本で最も高所に湧く温泉で知られる。泉源地帯は噴気や有毒ガスで危険なので、周辺に建つ山小屋・宿泊施設まで引湯している。かつて死者の霊魂が集まったという立山地獄の周辺に今は観光客が集い、硫黄泉に入浴しながら三千メートル級の冠雪の山並みを楽しんでいる。

 

 

 

   立山温泉

 

▽参考の温泉DATA

泉質:単純硫黄泉(硫化水素型)

泉温:54℃





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